北海道後志地方岩内町・蘭越町
アブシタ
あぶした Apa-ustaアブシタは地元でもほぼ忘れられた海岸区間で、その中心に境界の岩がある。どの史料でもほぼ一貫して表記は「アブシタ」である。
アイヌ語表記: Apa-usta・Apaushuta・Apusta・Apa-us-situ
語源分析
apa-usta
アパウㇱタ
岩戸
提唱者: 永田方正 (Nagata Hōsei)
永田の項は「Apaushuta アパウㇱュタ 岩戸 「アパウシタ」は戸の義なり。数仞の岩屏立して戸の如し故に名なづく。和人「アブシタ」と訛る」。田村辞典は apa の項で、出入口に立ててある戸やふすまを apausta と言うとし、apausta を apa-us-ta と分解して末尾を未詳とする。著者は岩を同定する。弁慶の薪積岩と同じ構造をした平らな岩で、たしかに岩戸のように立っている。仞は8尺=2.4mで、数仞ならその数倍。後ろの岩崖は永田の言う寸法よりはるかに大きくてあてはまらず、板のような岩のほうが合う。
異形
- apusta ‘戸’ — apa-usta は母音が連続しているので、前の母音が追い出されて apusta と聞こえることもあっただろう。
根拠
- 文献
この立ち岩は江戸期の紀行に和名で記録されている。文化3年の『東海参譚』の「衝立石」、『未曾有後記』の「屏風岩」「硯屏岩」、文化年間の地図の「屏風岩」である。
- 地形
岩は板状のものが立っており、雷電の他の3か所と同じ岩脈の構造をしている。
apa-us-situ
アパウㇱシトゥ
イナウの祭壇・ついている・山の尾根
提唱者: 榊原正文
明治期の地形図では、雷電山道を岩内方面に越える少し手前の山麓部に記載されており、どの史料も岩壁を示す地名としていることから、蘭越町と岩内町の境界となっている687.3m峰付近の岩壁を指すものと見る。apa は、網走の起源と考えられている chipa(イナウサンの古語、イナウの祭壇)と同じ意味の apa と見なされ、交通の難所に安全を祈願して設置されたイナウサンと解される。
反論
- 雷電山道には二つの峠があり、温泉宿(朝日温泉)より南の峠をアブシタ峠、北の峠をイナウ峠と呼んだ。アブシタ峠とイナウ峠は隣り合った別の峠であり、こちらのアブシタも同様にイナウの祭壇だと考えるのは無理があるように思う。 — zenibako_trek zenibako_trek2023
用例
- アブシタ 地図 Tenpō era 今井測量原図
今井図はアブシタの位置をはっきりと示しており、それは著者が同定した板状の立ち岩にあたる。
- 衝立石 文献 1806 東海参譚
イセハチトマリ 岩山の間に衝立石あり
- 屏風岩 文献 Edo period 未曾有後記
いわせとまり、こゝより嶮岨の山続く。屏風岩といふ有。形に拠っては「硯屏岩」と改め唱ふべし。
遠山金四郎。硯屏とは「ついたて」のことで、二つの呼び名はともに同じ板状の立ち岩を描いている。文化年間の道南の地図にも「屏風岩」が書き込まれている。
- アフシタ 文献 Edo period 東西蝦夷場所境調書
イワナイ イソヤ 領境 其境目は往古はライテン岬を以て定め有候之由。其後イソヤ領シャウツ川に相定、相互に訴訟に相也候処、ユウナイの上の方は皆イワナイえ入込候間、岩内より頻に其段申出候間、後漸々アフシタと相定候由にて両所え被仰付候。
関連地名
- 亀岩 かめいわ — 遠山金四郎が船の上から亀の姿を見たという丘の上の小岩。著者は探したがよくわからなかった。 zenibako_trek2023
出典
- 雷電海岸の地名と由来 ~ライデン地名考~
zenibako_trek·2023-10-13
- アイヌ語沙流方言辞典
田村, すず子·1996
- An Ainu-English-Japanese Dictionary (including A Grammar of the Ainu Language)
Batchelor, John·1905