北海道日高地方
日高
ひだか Hidaka和名。蝦夷地の国名を定めるときに与えられ、地域の村々が合併する際に現在の日高町・新ひだか町の名として引き継がれた。
語源分析
用例
- 日高見国 文献 1869 蝦夷地国名之儀申上候書付(松浦武四郎)
当時日高見国は常陸国、また陸奥相馬郡日高の妙見之社等、その古跡付会し候えども、紀中、文身為人勇悍是総て曰く、蝦夷の文字にてもこの地たる事
松浦武四郎による国名の提案で、『日本書紀』に出てくる東方の国・日高見国から取っている。景行天皇二十七年の条に、武内宿禰が東国から帰って「東夷之中有日高見国、其男女椎結文身為人勇悍、是総曰蝦夷」と奏したとある。日高見国が常陸国か、石巻に流れ落ちる北上川のことかは定まっていないが、いずれにしろ日の出ずる方向を見る国、大和から見て東方の国を意味する。日高地域はアイヌの東部衆メナシクルが住んでいたところである。松浦は北部衆モシリパクルの住む地域を同じ流儀で北見国と名付けた。
関連地名
- 右左府 うしゃっぷ — 道の駅・樹海ロード日高のある旧日高町市街地の旧名。 zenibako_trek2025
出典
- 日高地方の地名の由来
zenibako_trek·2025-05-20