北海道後志地方岩内町
カムイルオマ
かむいるおま Kamuy-ru-oma-iこの地名は雷電海岸で、雷電とは別に、隣り合って記録されている。
アイヌ語表記: Kamuy-ru-oma-i・Kamuy-ru
語源分析
kamuy-ru-oma-i
カムイルオマイ
神の道がある処
提唱者: 榊原正文
この海岸線一帯は古くより交通の難所として知られ、海岸沿いに通行することは殆ど不可能で、山道は現在の朝日温泉を経由して岩内方面へ抜けていた。この読みでは、人間には到底通行できない切り立った絶壁を、そこを行き来するのは魔神カムイだけだと考えて命名したものとし、指示対象を湯内川とする。 資料は語の切り分けを示さない。
反論
- 伊能大図も今井測量原図もカムイルオマについて全く同じ座標、すなわち現在のカスペノ岬にあたる位置を示しており、比定された湯内川とは岬と湾ひとつぶん離れている。 — zenibako_trek zenibako_trek2023
kamuy-ru-oma-i
カムイルーオマイ
神の道がある処
提唱者: zenibako_trek(小樽銭函地名歴史研究会) (zenibako_trek (Otaru Zenibako Place-Name and History Society))
カスペノ岬の先端では、貫入岩脈が岩礁を貫いてまるで道のように続いており、その上を歩くことができる。一見人間が作った遊歩道のようだが天然の岩である。少し潮が満ちれば左右は海水に浸かり、この道だけが残る。著者はこれを地名の指す道と見て、目で確かめられるランドマークとして働く地名だとする。同じ構造の岩はすぐ背後の弁慶の薪積岩にもあり、湯内崎にも似た岩の道がある。
根拠
- 文献
伊能大図と今井測量原図は座標が一致し、それはカスペノ岬にあたる。
- 地形
岬先端の岩脈は岩礁を貫いて歩ける道をなしている。著者は、この岩道が特別に注目されている様子はなかったと述べる。
用例
- カモエルヲマ 地図 Edo period 東西蝦夷山川地理取調図
- カムイルー ヤマイ 文献 Edo period 西蝦夷日誌
カムイルー ヤマイ(岩平、七町)
- カムイルオマ 地図 Edo period 伊能大図
今井測量原図も同一の位置に置く。
関連地名
- 弁慶の薪積岩 べんけいのまきつみいわ — 親子別にある、板のような岩が露出したところ。同じ貫入岩脈はカスペノ岬・湯内崎・アブシタにも現れる。 zenibako_trek2023
出典
- 雷電海岸の地名と由来 ~ライデン地名考~
zenibako_trek·2023-10-13
- アイヌ語沙流方言辞典
田村, すず子·1996