政泊 まさどまり Masadomari
北海道後志地方寿都町
アイヌ語表記: Matnaw-tomari・Mata-tomari
政泊は寿都湾の西端、風の当たる弁慶岬の下の泊である。
位置
42.8128, 140.1895 · 座標:OpenStreetMap Nominatim, 2026-09-10。字政泊町 の位置。 OpenStreetMap で開く
指示対象
- 集落 弁慶岬付近の寿都の西端。かつては寿都郡政泊村として独立した行政を敷いた。鰊小屋が並び600人が住んだというが、今は数軒の家が残るのみ。
- 海岸 海水浴場のあった、砂浜の少しある入江。政泊がこのあたりの惣地名になり拠点が弁慶岬のほうに置かれると、元の政泊を「砂政泊」と呼び、北の方を「石政泊」と呼ぶようになった。
語源分析
mata-tomari
マタトマリ ‘冬の港’ 定説提唱者: 寿都町文化財展示室
定説の読みで、「冬でも避難しやすい入江」と説明される。
反論
- 旧記に「マタトマリ」という表記はどこにもなく、「マツナトマリ」でほぼ統一されている。風の強い弁慶岬で真冬に船を漕ぎ出すのは危険で、この泊は冬にしか使わないわけではない。冬は山の奥まった mata-kotan〈冬村〉に籠もり、秋に獲って干した鮭を食べるのが暮らしで、荒波の日本海に漕ぎ出して漁をすることはあまりしなかったはずである。 — zenibako_trek zenibako_trek…
確信度: 低
両要素とも辞書にある語だが、記録された表記が mata を与えず、冬の解釈は冬の居住のあり方と合わない。
zenibako_trek… 「政泊(マサドマリ)」に引く『寿都地方の地名の由来』寿都町文化財展示室田村1996 tomari トマリ【名】[< 日本語とまり(泊)] 港、湾の入り江
matnaw-tomari
マッナゥトマリ ‘北風泊’ 提案提唱者: zenibako_trek(小樽銭函地名歴史研究会) (zenibako_trek (Otaru Zenibako Place-Name and History Society))
旧図の表記は「マツナトマリ」で、そこから読めるのは matnaw である。政泊のもともとの示す位置は海水浴場があったところで、少しの砂浜がある。入江の北側にピラミッドのような岩の丘があり、これが北風を防いでいたのだろう。岩に切れ目があり、船出しにもよい場所になっている。
根拠
- 地形
入江の北側の岩の丘が北風を防ぎ、岩の隙間から舟を出すことができる。
確信度: 中
matnaw も tomari も提案どおりの意味で辞書にある語で、複合の形も普通であり、地図の表記も支え、これに異を唱える資料もない。風除けの議論は著者の実地の読み取りによる。
zenibako_trek… 「政泊(マサドマリ)」田村1996 matnaw マッナウ【名】[mata-maw 冬・風](?)北風
用例
- マツナトマリ 地図 Edo period
泰蝦夷島図・高橋蝦夷図・東海参譚が「マツナトマリ」、今井測量原図は「マシナトマリ」、田草川日誌は「マツイトマリ」、伊能大図は「マキナヲトマリ」、蝦夷全地は「シナマツナイマリ」、松浦山川図は「イシ/スナマサトマリ」。「マタトマリ」という表記はどこにもない。
zenibako_trek… 表「古地図・旧記/政泊(マサトマリ)」
関連地名
- 砂政泊 すなまさどまり — 地名が惣地名に広がったのち、元の政泊を区別して呼んだ名。 zenibako_trek…
- 石政泊 いしまさどまり — 砂政泊の北の浜。各地図で位置が異なる。浜の道は岩の切れ目で途切れる。 zenibako_trek…
出典
zenibako_trek… 田村1996