北海道日高地方新冠町
新冠
にいかっぷ Niikappuいかにもアイヌ語らしく響く現在の名は1809年に和人の役人がつけたもので、それ以前にこの地が負っていた名は河口の大岩に結びついたビボクである。
アイヌ語表記: Ni-kap・Pi-pok
語源分析
ni-kap
ニカップ
木の皮
提唱者: 羽太正養 (Habuto Masayasu)
この川に楡や榀などの木が多くあり、そこで木の皮を剥いて用いたことから付けられた名。
反論
- 直接的に地形に関する名詞がない地名はあまり例を見ない。またこれは1809年に和人の役人がつけた地名である。 — zenibako_trek zenibako_trek2025
pi-pok
ピポク
岩の下
提唱者: zenibako_trek(小樽銭函地名歴史研究会) (zenibako_trek (Otaru Zenibako Place-Name and History Society))
1809年以前にこの地が負っていた名で、松浦は「ビボク」と記録する。新冠川河口西岸にある判官岬・判官館の大岩を指し、そこにピポクチャシがあった。判官とは源義経のことで、ここに付された伝説も他と同様のお決まりの筋である。この地はまた、乱を起こしたシャクシャインが松前藩によって謀殺された地でもある。
Ni-kap-kotan
木の皮の所
提唱者: John Batchelor
樹皮の繊維はかつてアイヌの布を作るのに用いられた。
用例
- ニイカフ / ビボク 文献 19th century 蝦夷地郡名之儀申上候書付(松浦武四郎)
この地、原名ビボクと申し候処。唱悪く候間、文化六年羽太安藝守、この川に楡榀等木多くある故、ニイカフと改めるるに、夷語ニとは木の事、カブとは皮と申す事。この所にて木の皮を剥き用候間、かく号く候由。訳して木皮の義に御座候。
ニイカップの名は文化6(1809)年に松前奉行の羽太正養が、唱えにくいとしてビボクに代えて与えたもの。羽太は支笏を千歳に改めさせた人物でもある。松浦武四郎は元の地名を尊重し、自身の新冠探訪記を「東部毘保久誌」と名付けた。
出典
- 日高地方の地名の由来
zenibako_trek·2025-05-20
- An Ainu-English-Japanese Dictionary (including A Grammar of the Ainu Language)
Batchelor, John·1905