小樽内 オタルナイ Otarunai
北海道後志地方小樽市。古い指示対象は札幌市との境、銭函四丁目にあたる
アイヌ語表記: Otarunay・Otanay・Otarunnay
この名はまず小樽と札幌の境、現在の新川河口付近の川のものであり、運上屋とともに西のクッタルウシ、南樽へ移った。提案されたどの読みも ota「砂」と nay「川」を動かさず、読みが分かれるのは中の要素である。著者は、由来を説明するときには記録された形「オタルナイ」を挙げるべきで、「オタオルナイと呼ばれていた」と述べるのは記録の裏づけを越えると考える。
位置
43.1664, 141.2545 · 座標:OpenStreetMap Nominatim, 2026-09-10。銭函四丁目 の位置。 OpenStreetMap で開く
指示対象
- 川 小樽内川。現在の新川河口のわずかに東側で海に落ちていた。上流は星置川、下流は清川で、銭函四丁目のオタネ沼はその名残。江戸時代から石狩湾新港ができるまで、小樽と札幌の境界はこの川を基準に引かれていた。
- 集落 ヲタルナイ場所とその地域。運上屋は銭函にあり、後に現在の南小樽・入船町のクッタルウシへ移り、地名もそれに従った。現在の小樽市がその名を継ぐ。
語源分析
ota-ru-nay
ヲタルーナイ ‘沙路沢’ 提案提唱者: 松浦武四郎 (Matsuura Takeshirō)
松浦は『西蝦夷日誌』に「ヲタルナイ。訳して沙路沢ヲタルーナイにして、その地は石狩境の川なり」、『蝦夷地道名国名郡名之義申上候書付』に「ヲタルナイはヲタは沙にして、ルは路、ナイは沢。沙路沢と訳すなり」と記す。後者は明治2年に開拓使へ提出された。菅江真澄は寛政元年に既に同じ読みを記す。「ヲタは砂といふ詞にして、砂ざきなどのありけるにや。おく蝦夷国には砂路沢ヲタルナヰといふコタンもありけり」(瀬棚の太田での聞き取り)。白野夏雲『蝦夷地名録』(明治22年)もアイヌからの直接の聞き取りに基づき「砂ノ路」とする。
根拠
- 同型地名
ota-ru を含む地名は他にもある。留萌のオタルマタセツ川を松浦は「譯て沙路有犬川の義」とし、ota-ru-oma-seta-pet「砂の道のある犬川」とする。苫小牧・ウトナイ湖の西のオタルマップ川を永田は「Otaromap オタロマㇷ゚ 沙路アル處」とし、ota-ru-oma-p「砂の道のある処」となる。樽前について記事は taor-oma-i「川岸の高い処」を採り、この類例から除く。
- 文献
銭函から石狩元町まで約20km の砂浜には小樽内川河口に小休所が設けられ、旅人の便宜が図られた。松浦は少なくとも4回この区間を歩いている。松浦はまた小樽内から熊碓(現・船浜町)への山越道を記す。「クマウシナイ またここより山越、風波荒き時はヲタルナイへ行道あるよしなり」「ヲタルナイ ここより又クマウシへ山越道有るなり」。発寒アイヌは雪の積もっている時はまっすぐ海の方へ歩くとよいと松浦に教えており、星置に在住した役人が小樽内川沿いに草を刈って道を整備したという記録もある。
反論
- 永田はこの読みを誤りとする。「当地名解にオタルナイは沙路川或いは沙解る川とあるは最も誤る」。 — 永田方正 zenibako_trek…
各要素は用いられた語義のまま田村に立項されており、読み自体も記録上最も古い。菅江(寛政元年)、松浦、アイヌからの聞き取りによる白野が独立に採る。名詞を三つ並べた形は現代の読み手に拙く映ると記事は述べ、永田は語中の音そのものを否定する。
ota-ru-nay
オタルーナイ ‘砂の解ける小川’ 提案- ota ‘砂’
- ru ‘解ける’
- nay ‘沢’
提唱者: 上原熊次郎 (Uehara Kumajirō)
『蝦夷地名考并里程記』による。「夷語ヲタとは砂の事、ルーとは解ける又は道などと申事、ナイは沢の事にて、すなわち、砂の解ける小川と訳す。この川、常に砂の解け流れる故この名ありといふ。」 上原はアイヌ語通詞であり、その地名考は ru を「道」とも訳せることにも触れている。
反論
- 『蝦夷語地名解』の同じ一文が「沙路川」「沙解る川」の双方を退ける。 — 永田方正 zenibako_trek…
田村は自動詞 ru「とける」を載せ、これを ota の述語と取れば形の整った地名になる。ru の二つの語義のどちらが命名時のものかは、表記だけでは決められない。
ota-nay
オタナイ ‘沙川’ 提案- ota ‘沙’
- nay ‘川’
提唱者: 永田方正 (Nagata Hōsei)
永田は語中の音を古くからの誤りとする。「Ota nai オタナイ 沙川。石狩郡と小樽郡の境にある川なり。和人オタルナイと云うは非なり。…オタナイの誤りなり。元禄郷帳既にオタルナイに作る。その誤謬の久しき殆どオタナイの原名をして沙中に埋没せしむ危いなり」。
反論
- 江戸時代の史料や地図は「オタルナイ」「オタンナイ」「オタルンナイ」と揺れるが、中の音を省いた例はほとんど見られない。省いた表記が現れ始めるのは明治になってからである。 — zenibako_trek zenibako_trek…
両要素とも辞書にある語で、二要素の形も一般的だが、永田が原形とする形は文献の記録と合わない。
ota-or-nay
オタオルナイ ‘砂浜の中の川’ 定説提唱者: 更科源蔵 (Sarashina Genzō)
現在通用している読みで、小樽市公式ホームページ、ウィキペディア日本語版、『小樽市史』などが載せる。記事が見つけた初出は昭和25年版『北海道駅名の起源』の「アイヌ語「オタルナイ」即ち「オタ・オル・ナイ」(砂浜の中の川)から転訛したもので、現在の石狩町と小樽市の境にあるオタルナイ川をさしてものである」。更科『アイヌ語地名解』も「地名の起源はオタ・オル・ナイ(砂浜の中の川)であり」と同じ言い回しを載せ、更科は高倉新一郎・知里真志保とともに昭和25年版の編纂に加わっている。ota を「砂浜」と訳すのはこの読みの特徴である。『小樽市史』では昭和18年版に見えず昭和33年版に現れる。
根拠
- 形態パターン
名詞の後ろに置く or「中・〜の所」は他の地名も作る。忍路 us-or「入江の中」、オロフレ oro-fure-nay「(水の)中が赤い川」。
反論
- 山田は『北海道の地名』で発音を検討する。「ota-or-naiだと、地名として続けて呼べばアイヌ語の発音上オタオンナイになる。元禄郷帳の昔からのオタルナイを考えると、少し考えてみたくなる点がある。オタオンナイは母音が一つ略されてオタンナイともなりそうだ。その音が少しつまるとオタナイとなる。現地の人の「おたね」はそれか?」 — 山田秀三 zenibako_trek…
- 山田が『北海道の川の名』に伝える。「なんだが気にかかるので、病院にいた知里さんを訪ね、意見を求めた。知里さんも頭をひねって、「どうも変だ、発音上rの音がでる川名であったらしいですね」と話された。」 — 知里真志保 zenibako_trek…
- 江戸期にオタオルナイと呼ばれた記録は一つもなく、そこから「オタルナイ」へ音が変化するのは難しい。この読みが広まったのは昭和25年以降であり、これを採る書き手は、菅江・松浦・白野・バチェラーと違って当時のアイヌから直接聞き取る機会をほとんど持っていない。 — zenibako_trek zenibako_trek…
ota も nay も辞書にある語で形も文法に適うが、問題は音にある。記事が引く三者、山田・知里・著者は、この形からは記録された「オタルナイ」に至らないとする。
ota-un-nay
オタウンナイ ‘砂に入る川’ 提案提唱者: zenibako_trek(小樽銭函地名歴史研究会) (zenibako_trek (Otaru Zenibako Place-Name and History Society))
ドリームビーチからオタネ浜にかけての海岸は砂丘が何キロにも渡って発達しており、旧オタルナイ川はそれを割るように注いでいた。河口付近で大きく曲がるのはこの砂丘に遮られているためで、著者は ota をこの砂丘のことと見る。同じ箇所で ru を加えた ota-ru-un-nay「砂道に入る川」も挙げられている。
異形
- ota-ru-un-nay ‘砂道に入る川’ — 古い読みの要素 ru を同じ形の中に残す。
根拠
- 形態パターン
オタルナイ川を少し遡ると kot-un-nay「窪地に入る川」コツウンナイがある。現在の濁川と思われ、下水処理場のあるあたりにはかつて沼地が広がっていた。二つの地名は同じ組み立てを持つ。
- 同型地名
オタウンナイという地名は阿寒湖に注ぐ小さな川(現河川名はウグイ川)にも見られ、そこも河口付近が砂浜の地形になっている。
- 文献
著者はこの形を表記のブレ全体を網羅しうるものとして挙げる。和人がまだ少なかった文化年間の文献に多い「ヲタンナイ」、間宮林蔵・伊能忠敬の「ヲタルンナイ」、寛文9年の文献の「オトウナイ」、永田の「オタナイ」。天保年間以降は「オタルナイ」に統一され、これはヲタルナイ場所が小樽郡全域に漁場を拡げた時期(銭函の漁場開設は1838年)とある程度重なる。
ota・un・nay はいずれも用いられた語義のまま辞書にある語で、同じ水系の隣に類例 kot-un-nay がある。根拠は記録された表記の広がりであって、この形そのものの記録ではない。
ota-or-un-nay
オタオルンナイ ‘砂の所に入る川’ 提案提唱者: 浜田さん
著者自身の ota-un-nay と同じ箇所で挙げられている。
定説の or と著者案の un を組み合わせた形で、記事は論拠を添えずに一行で挙げる。
Ota-ru
‘砂の道’ 提案- Ota ‘砂’
- ru ‘道’
提唱者: John Batchelor
異形
- Otaru nai ‘砂の道のそばの小川’ — 文法篇第5章「地名」に挙げられる形。
1905年刊行のバチェラーの辞典に印刷された読みと語義。分節はバチェラー自身のもので、その要素のいくつかは辞書の見出し語に対応しない。
用例
- おとうない 文献 1669 松前より上蝦夷地迄所付
「しくずし(祝津)」「おしよろ(忍路)」と並んで見える。記事はこれを小樽の記録として最古のものかもしれないとする。
zenibako_trek… - おたる内 文献 1670 狄蜂起集書(狄蜂起ニ付松前より上下狄地迄所付覚)zenibako_trek…
- おたる内 文献 1700 松前島郷帳(元禄郷帳)
一 よゐち 一 しくずし 一 かつち内 一 おたる内 一 はつしやふ 一 しのろ 一 しやつほろ 一 いしかり
勝納と発寒の間に置かれており、祝津・勝納の一帯からは離れて、石狩寄りの位置を示す。
zenibako_trek… - ヲタルナイ 地図 1807 蝦夷地図(今井寛次郎)
高島・手宮よりはるか東、現在の石狩元町にあたるベツフツの近くに描かれる。
zenibako_trek… - ヲタルンナイ 地図 Edo period 伊能図
間宮林蔵・伊能忠敬はいずれも末尾の nay の前に「ン」を入れて書く。
zenibako_trek… - ヲタルナイ 文献 Edo period 江戸時代の日誌・地図・文献
江戸期の文献のおよそ8割が「ヲタルナイ」もしくはそれとほぼ同等の発音を記録する。「ヲタンナイ」「ヲタルンナイ」も数件見られる。中の音を省いた「オタナイ」は『大日本接壌三国之全図』のみ。「オタオルナイ」と記した史料はない。
zenibako_trek… - ヲタルナイ 文献 1846 蝦夷日誌(松浦武四郎)
この処はクツタルウシが本名にして其のヲタルナイは、これより三里あまりも東北の方に当たりてその地名あり。もはや石狩領の境なり。
松浦は二つの地を区別する。南樽はクッタルウシが本名で、ヲタルナイは三里あまり北東、石狩領の境にあるとする。
zenibako_trek… - オタナイ 辞典 Meiji era 蝦夷語地名解(永田方正)
松前藩、オタナイの支流マサラカオマプに住居するアイヌを今の小樽郡入船町の内字クッタルシの地に移して小樽場所を置きたるを初とす。
永田は、現在のほしみ駅の西側にあたるマサラカオマプのアイヌをクッタルシへ移したことを記す。
zenibako_trek… - ota 辞典 1996
【名】砂。 ☆参考 砂浜を指すこともあるが基本的には「砂」。
田村1996 s.v. ota - ru 辞典 1996
【自動】とける、(塩などが水に)溶ける、(氷などが)融ける。 / 【名】[概](所は ruwe(he) ルウェ(ヘ)) ①跡、道。
江戸期の解釈者が用いた二つの読み、自動詞「とける」と名詞「跡・道」の両方を田村は載せる。
田村1996 s.v. ru
関連地名
- クッタルウシ くったるうし — kuttar-usi「イタドリ多き処」。入船町を中心とする南樽の古名で、ヲタルナイ運上屋の移転先。松浦はこれをその地の本名とし、ヲタルナイとは別のものとする。 zenibako_trek…
- オタモイ おたもい — ota-moy「砂の入江」。小樽市内。 zenibako_trek…
- 歌棄 おたすつ — ota-sut「砂浜の端」。 zenibako_trek…
- 大楽毛 おたのしけ — ota-noske「砂浜の中央」。 zenibako_trek…
- 色内 いろない — 一説に i-ru-o-nay「熊の道の沢」とされ、ru を含む地名の一つ。記事はこの読みに異論があることを添える。 zenibako_trek…
- 留寿都・留辺蘂 るすつ・るべしべ — ru-sut「道の根本」、ru-pes-pe「道に沿う処」。峠道の ru-cis と並ぶ、ru を伸ばしたり伸ばさなかったりする地名。 zenibako_trek…
- 樽前 たるまえ — ota-ru-oma-i「砂の道のある処」と訳されることもある。記事は樽前ガローを考えて taor-oma-i「川岸の高い処」を採り、ota-ru の類例から外す。 zenibako_trek…
- マサラカオマプ まさらかおまぷ — 永田の記述に見えるオタナイの支流。記事は現在のほしみ駅の西側、星野町や銭函三丁目の工業団地あたりと見る。 zenibako_trek…