北海道後志地方岩内町
雷電
らいでん Raiden雷電は「雷鳴と電光」の字を当てられ、和名としては江戸期の地図がすでに書くほど古く、「来年サキ」と書いたものもある。この海岸に記録されたアイヌ語地名「ライニ」「ライルム」「ラエンベツ」「カモエルヲマ」はそれぞれ別の地点に属しており、和名がどれから来たのかが諸説の分かれ目である。
アイヌ語表記: Ray-ni・Ra-enrum・Raenpet・Kamuy-ru-oma
語源分析
ray-ni
ライニ
枯木
提唱者: 永田方正 (Nagata Hōsei)
永田の項は「Raini ライニ 枯木 往時枯樹林あり故に名なづく」で、昔そこに枯樹林があったとする。
反論
- ray-ni が指すのは「一本の枯れ木」である。rayni-us-i〈枯れ木の群生地〉や ray-ni-tay〈枯れ木林〉のようなものなら地名としてありえたかもしれないが、一本の枯れ木が地名となる例は他に見たことがない。枯れ木はどこにでもあり、いつもあるわけではないのでランドマークに適さず、地名が現れてから250年以上経った今では当の枯れ木を確かめようがない。現地を観察しても枯れ木や流木が特に多い印象は受けなかった。 — zenibako_trek zenibako_trek2023
ra-enrum
ラエンルㇺ
低い出崎
提唱者: 知里真志保 (Chiri Mashiho)
刀掛岩のある雷電岬が低い出崎とは言い難いので、この読みは手前にある「靴のつま先のような形の岬」に当てられる。特に名前がついていないので記事では「湯内崎」と呼ぶ。「ライルム」という地名は昔の日誌や地図類に時々出てくる。
反論
- ライルムの位置ははっきりしており、湯内崎や雷電岬よりずっと西の尻別川よりさらに向こう、磯谷の島古丹あたりである。雷電岬とは位置が離れすぎており、全く別の地名に感じる。逆側の「ライニ川」のほうがずっと近い。 — zenibako_trek zenibako_trek2023
らいねん
ライネン
「来年」。義経の別れの言葉
提唱者: 岩内観光協会
観光協会の話では、酋長チパの愛娘メヌカが義経を恋い慕い、ひと冬を過ごした義経が春の出立に際して「来年はきっと帰ってくる。来年まで」と慰めたといい、雷電の地名はその「らいねん」の転訛といわれている、とする。メヌカは雷電岬から海に身を投げ、その洞窟が残されているという。
反論
- このような伝説的な逸話は地名の由来としては説話として語られるのみで、義経伝来説の正当性も含め明らかに後付の創作である。義経伝説は西蝦夷に数え切れないほどある。 — zenibako_trek zenibako_trek2023
kamuy-ru-oma
カムイルオマ
神の道がある
提唱者: 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
百科事典の雷電温泉の項は、地名をアイヌ語カムイルオマ(神の道がある意)の転訛とも、ライニの意ともする。この読みは、「カモエルヲマ」の下に和人が「ライテン」と云うと書いた松浦図から来ていると見られる。
反論
- 『西蝦夷日誌』はカムイルーとラエンベツを同じ記事の中で別々の地名として挙げており、カモエルヲマとライデンは別の地名である。 — zenibako_trek zenibako_trek2023
raenpet
ラエンベツ
「ラエンベツ」。和名の元とされる川の名
提唱者: 松浦武四郎 (Matsuura Takeshirō)
松浦武四郎は「ラエンベツ(小川、出稼)和人ライデンと訛り、今雷電の字を用いゆ」と書き、和人がラエンベツを訛ってライデンとし、「雷電」の字を用いるようになったとする。彼は語の切り分けを示さず、記事も分解していない。著者はラエンベツを今の親子別川と見る。
ray-ni-an
ライニアン
枯れ木がある
提唱者: zenibako_trek(小樽銭函地名歴史研究会) (zenibako_trek (Otaru Zenibako Place-Name and History Society))
著者は永田の枯れ木を残し、その正体を変える。今井測量原図が「ラエニ」の位置とする浜、地元で「エイノ浜」と呼ばれる浜には、旧道沿いに一本の岩「傘岩」がそびえ立っており、遠くから見ると枯れ木が佇んでいるようにも見える。岩は朽ちないので、ランドマークとして相応しい。ray-ni-an〈枯れ木がある〉から「ライネン」となり、江戸期の地図の「来年」の表記を経て「ライデン」に転訛していったのかもしれない、とする。傘岩へは雷電トンネルと弁慶トンネルの間の「敷島内 風の駐車場」から向かい、そこに案内板が立つ。旧道はゲートで封鎖されており、その脇から浜に降りて足場の悪い石浜を250mほど歩く。
根拠
- 文献
「ライニ」は伊能大図・今井測量原図・明治25年頃の道庁実測切図に地名として書かれ、今井図はそれを川名「ラエニベツ」と区別している。
- 地形
傘岩は示された地点に今も立っており、変化のない石浜の中で目を引く。
用例
- 来年サキ 地図 1808 蝦夷国輿地全図
安永5年の『津軽一統志』の附図なども雷電岬を「来年サキ」と書いており、「ライネン」という呼び方がされていたことは確かである。
- ライニ川 地図 Edo period 伊能大図
現在「親子別川」と呼ばれているもの。「雷電川」の隣の「車滝」のあるあたりが「ホンライニ」とある。
- ラエニ 地図 Tenpō era 今井測量原図
今井図は今日の親子別川を示す「ラエニベツ」とは別に「ラエニ」の位置を示している。その場所は地元で「エイノ浜」と呼ばれる浜である。明治25年頃の道庁実測切図にも「ライニ」がある。
- カモエルヲマ 地図 Edo period 東西蝦夷山川地理取調図
松浦図には「カモエルヲマ」の下に、和人が「ライテン」と云うと書いてある。
- ラエンベツ 文献 Edo period 西蝦夷日誌
カムイルー ヤマイ(岩平、七町)、ラエンベツ(小川、出稼)和人ライデンと訛り、今雷電の字を用いゆ。
カモエルヲマとライデンは同じ記事の中で別の地名として並んでいる。
関連地名
- 傘岩 かさいわ — エイノ浜の一本の岩で、著者が地名の枯れ木と見るもの。かつては観光名所のひとつだったが、今は封鎖された旧道沿いにある。 zenibako_trek2023
- 二ッ岩 ふたついわ — 傘岩へ向かう途中にある岩で、上の方に穴があり目のように見える。アイヌ語地名は「ウカヲフ」で、著者は ukaw-p〈岩が重畳する処〉の意味かとする。 zenibako_trek2023
- 湯内 ゆうない — yu-nay〈温泉の川〉。雷電山道の旅人のために湯内川上流部に開かれたのが雷電温泉の始まりで、安政三年の『観国録』によると温泉の湯気は船の上からも見えた。 zenibako_trek2023
出典
- 雷電海岸の地名と由来 ~ライデン地名考~
zenibako_trek·2023-10-13
- アイヌ語沙流方言辞典
田村, すず子·1996