蘭島 らんしま Ranshima
北海道後志地方小樽市蘭島
アイヌ語表記: Ranshimanay・Raosmanay・Rakosimanay
山田秀三は『北海道の地名』の蘭島の項でこう述べる。「他に例がなく、解しにくい。」 六つの読みが並び、記録された表記は「ラ□シマナイ」で一致しつつ二音目で分かれる。著者はおよそ1年をこの地名に費やし、ranko-usi-oma-nay を挙げつつ、どの説も正しいとも間違いとも言い切れないと述べる。
位置
43.1967, 140.8559 · 座標:OpenStreetMap Nominatim, 2026-09-10。蘭島 の位置。 OpenStreetMap で開く
地名表での読み: ランオマナイシ Ran-osma-nay
指示対象
- 川 蘭島川。支流は餅屋沢・チブタシナイ沢・土場沢(メノコ沢)・種吉沢(ツコタン沢)で、「最も長い支流を本流とする」現在のルールでは土場沢が本流。大正10年の蘭島村『土地連絡図』は餅屋澤を「ランシマ澤」とも呼び、その上流から下流にかけてほぼ全域に「桂ノ澤」の字名を記す。
- 集落 忍路郡蘭島村。現在は小樽の一番西の町で、余市との境の畚部岬に接する。その砂浜は北海道海水浴場発祥の地とされる。
語源分析
ran-osma-nay
ラノシュマナイ ‘下り入る処’ 定説提唱者: 永田方正 (Nagata Hōsei)
『忍路郷土誌』と河川標識の基になっている読み。永田は山を越えてこの地に下り入り、住み着いて繁栄した虻田アイヌの話を添える。
反論
- どの地名表記も nay で結ばれており、これは基本的に川が主語となる地名である。人間を主語として解釈するのはやや気になる表現である。虻田アイヌの話が地名の由来と関係があるかは記事も判断を保留する。アイヌ語発音では ran-osma はくっついて「ラノシマ」と発音される傾向にあるが、江戸時代の文献に「ラノシマ」とするものは一つも無い。また ran は動詞で「下る」を表し、名詞で「下り坂」という意味はない。 — zenibako_trek zenibako_trek…
ran・osma・nay はいずれも用いられた語義のまま辞書にあり、田村の osma は「場所」を目的語に取る。記録された表記にはこの形が与えるはずの「ラノシマ」が現れず、訳語は末尾の nay と合わない人間主語を要求する。
ran-osmak-nay
ラノシュマクナイ ‘下り坂の後ろの川’ 定説提唱者: 更科源蔵 (Sarashina Genzō)
『駅名の起源』が初出で、ウィキペディア日本語版もこれを採る。坂は畚部越で、畚部フゴッペと蘭島の間に畚部岬が大きく突き出し、陸路はその上を越える。明治6年に岩を削って通りやすくした後にここを馬で越えたホーレス・ケプロンは「道は途方もなく悪く、ひどい坂道である。馬は私が乗ったまま凄く急な坂道で転び、私は危うくその下になり、痛いどころか実にびっくりする。」と書き残した。記事は、余市からずっと平坦な浜を歩いてきて急にこの坂を登れば印象に残ると述べる。
異形
- ra-osmak-nay ‘低い所の後ろの川’ — 著者による修正で、動詞 ran を位置名詞 ra に置き換え、第一要素が名詞句を成すようにしたもの。坂の上から見れば川が流れているのは低いところである。
反論
- ran は動詞で名詞の「下り坂」の意味を持たず、名詞の ra も「低い所」で「坂」の意味合いはない。「低い所」が何を指すかもはっきりせず、畚部岬は高く聳えているため、記事はこの読みを保留とする。ran-osma と同じく、くっついた発音「ラノシマ」はどの史料にも現れない。 — zenibako_trek zenibako_trek…
ran を ra に置き換えれば各要素は用いられた語義のまま辞書にある語となり、形も文法に適う。「低い所」の指示対象が定まらず、著者はその理由でこの読みを保留する。
ran-o-suma-nay
ラノシュマナイ ‘坂がついている岩の川’ 提案提唱者: 榊原 (Sakakibara)
アイヌ語に由来する地名で「島」がつくものは6割がた suma「岩」を語源としており、記事はこれを suma を含む読みを検討する理由とする。
異形
- ra-o-suma-nay ‘低い所にある岩の川’ — 著者による名詞 ra を用いた修正。この場合の岩は畚部岬の下の岩磯で、今も釣り人が渡っている。明治3年に箱館から札幌へ歩いた東本願寺の一行は山道を登らずこの岩磯を通ろうとした。その錦絵には一行が手を繋いで岬の下を渡り、一人が海に落ちかけ、それを見たアイヌが笑う様子が描かれている。
反論
- ra を採ると岩が低い所にあることを要求するが、畚部岬自体は高いので、岩はその下の岩磯でなければならない。記事は ra-osmak-nay と同じ理由でこの読みを保留とする。 — zenibako_trek zenibako_trek…
suma と nay は辞書にある語で、ran を ra に替えれば形も文法に適う。「低い所」が何を指すかは指示対象の選び方で決まり、記録はここでは何も定めない。
rawosma-i-nay
ラウォシマイナイ ‘海に入る岬の川’ 提案提唱者: 榊原 (Sakakibara)
榊原が試案として挙げた形。rawosma は raw「(水などが)深い所」と osma「(勢いよく)入る」がくっついた語で、水・雪・泥などに「飛び込む」「沈む」「(足が)ぬかるむ」といった意味合いを持つ。
異形
- raw-osma-nay ‘沈む川’ — 著者による短縮形で、文献の音からは nay の前に「イ」が入っているとは思えないとして i を落とす。蘭島は現在海水浴場であり、記事はこの読みを松浦が食べた蜆を採るために川に身を沈めること、および東本願寺の錦絵で海に落ちた人に結びつける。
raw も osma も用いられた語義のまま田村にあり、rawosma なら二音目が「モ」「ゴ」と聞き取られたことも説明できる。名が川を指すか岬を指すかは、どちらの形を採るかで変わる。
ran-suma-nay
ランシュマナイ ‘石の下る谷川’ 提案提唱者: 大和田(『カムイルコト』) (Ōwada (『カムイルコト』))
畚部岬には石が落ちる伝説がある。無江円助伝、河野広道輯。「昔男二人と女一人の兄妹がフゴッペチャシに住んでいた。兄はリコマアイヌ、弟はラワランケ、妹はコクッテシマツという名であった。このアイヌ達は意地が悪く、忍路や余市のアイヌがあの岬の下を通ると上から石を落として邪魔するので、危くて通れなかった。」 三人は忍路アイヌと余市アイヌの協力によって攻め滅ぼされ、安全に通行できるようになった。大和田がこれを念頭に置いていたかは記事も判断しない。
反論
- 蘭島川は砂浜に注ぐ川なので、文字通り川が石を運んでくることはあまりなさそうである。 — zenibako_trek zenibako_trek…
ran・suma・nay は辞書にある語で、この形は江戸期に唯一「ン」を持つ表記「ランシマナイ」に直接届く。根拠は岬に付随する伝承であり、名の末尾は川を指す語である。
ra-osma-nay
ラオシマナイ ‘下方に突っ込む川’ 提案提唱者: オタルナイ・レコードの浜田さん
浜田さんは発音についてこう説明する。アイヌ語は母音の連続をひどく嫌うので、raosma のアとオの間に喉頭破裂音を入れて ra'osma とし、母音の連続を避ける。これが二音目が「モ」「ヲ」「ゴ」などにブレる原因だという。記事はこの説明を ra-o-suma-nay にも及ぼす。
反論
- osma はかなり勢いがある動詞で、「ぶつかる、突入する、突っ込む」といったニュアンスを持つ。これが川のことを言うなら急流であったはずだが、蘭島の市街地は極めて平坦で砂浜が広く、支流も急流という印象はなく、川の流れは穏やかである。記事は治水工事で流路が大きく変えられたこと、線路沿いに迂回させる前は幾度も氾濫して村落に被害を与えたことを挙げ、osma の余地を残す。 — zenibako_trek zenibako_trek…
ra も osma も用いられた語義のまま田村に立項されており、喉頭破裂音による説明は、表記が実際に食い違う二音目のブレを説明する。川の勾配は osma の持つ勢いと合わない。
ranko-usi-oma-nay
ランコシオマナイ ‘桂の群生地に入る川’ 提案提唱者: zenibako_trek(小樽銭函地名歴史研究会) (zenibako_trek (Otaru Zenibako Place-Name and History Society))
著者は川から出発する。音から意味を導く上記の読みとは逆の方向をとる。当地の旧字名を伝えるおそらく現存唯一の史料である大正10年の蘭島村『土地連絡図』は、餅屋澤を「ランシマ澤」とも記し、これがこの地名の担い手であったことを示すとともに、その全域にわたって「桂ノ澤」の字名を載せる。餅屋は和名で、『忍路郡郷土誌』に「モチヤ沢……安政の昔、この沢に「餅屋」と称する日蓮宗の篤信家が来て庵を結び、西川漁場と交渉をもつことにより生計を立てていたという」とあり、沢の奥の七面山妙法寺には文久三年銘の宝塔がある。この読みでは「桂ノ沢」がアイヌ語名の意訳、「蘭島沢」が音を写した表記であり、松浦の「ラコシマナイ」の背後には桂の ranko がある。oma は「位置する、ある、入る」を意味する他動詞で、アイヌは川を下流から見て考えるので、入るとは上流に向けて川沿いを遡上していくという意味合いになる。『萱野茂のアイヌ語辞典』は「ranko ランコ カツラ:丸木舟を掘ると軽いので操作しやすいため.一番多く舟材として用いた.」とする。
根拠
- 同型地名
後志の蘭越町は ranko-usi「桂の群生地」で「ランコシ」となっており、著者はこれを ranko-usi-oma-nay が「ランコシオマナイ」まで縮まりうる根拠とする。隣接する沢は舟づくりの名を持つ。餅屋沢の隣のチブタシナイ沢は chip-ta-us-nay「丸木舟をいつも切り出す川」で、そこから名を取った船取山がある。さらに隣の畚部川の支流は「チプタヲマンヘ」「チプタフンコエ」とあり、chip-ta-oman-pe(t)「丸木舟を切りに行く所」と読める。
- 地形
桂の群生地は上流、毛無山の麓あたりにあり、アイヌは丸木舟の材料となる太い木をそこへ切り出しに行ったと考えられる。その群生地はほとんど残っていない。和人が鰊漁をするようになってから、燃料や小屋作りのために幕末から戦前にかけてこのあたりはすっかり禿山になった。松浦は新川河口を通ったときに材木不足と伐採の禁止を記す。「其にて山々の材木を切取る時は、山の材木時に切尽すべし。其故に是を禁じ置事。またタカシマも材木不足にて、是はヲシヨロと並び場所故、皆ヲシヨロ山より切出すなり。」 この「ヲシヨロ山」は蘭島川水源の毛無山と思われ、土場沢の「土場」は木を切り出して一時的に置いておいた場所に由来する。今、山地を歩いても植林された若いエゾ松などが多く、舟になりそうな太い桂の丸太は見当たらない。
反論
- 著者は自らの読みへの批判を自ら述べる。記録されている表記と比べて音がやや長すぎるという批判は当然あるだろうとし、oma のオを音韻脱落させて「ランコシマナイ」まで短くできるかはわからないとする。因果関係が逆である可能性、すなわち松浦の「ラコシマナイ」を見た後の入植者が「桂の沢」と誤訳した可能性も自ら挙げる。 — zenibako_trek zenibako_trek…
ranko・usi・oma・nay はいずれも用いられた語義のまま田村に立項されており、形も文法に適う。記録された表記に対する長さが残る問題であり、「桂ノ沢」とアイヌ語名の関係の向きについて著者は判断を保留する。
用例
- ラ□シマナイ 文献 Edo period 江戸時代の日誌・地図・文献
川を表す nay がついているケースが非常に多く、この地名が川と結びついている可能性が高い。岬を表すときもわざわざ「ラヲシュマナイサキ」と nay を必ずつけている。音のブレは二音目に集中しており、「ラ□シマナイ」という二音目以外の部分はほぼ共通している。
zenibako_trek… - ランシマ 文献 Edo period 遠山村垣日記
この表記を持つ唯一の江戸期史料。「ラノシマ」「ランオシマ」とする文献は一つも無い。
zenibako_trek… - ラコシマナイ 文献 1846 蝦夷日誌(松浦武四郎)
ラコシマナイ、小川有。牡蠣、蜆此処にて取れるよし。運上屋に支度を致しければ蜆汁を出せしが、此処の蜆なりと云いたり。
松浦は忍路の運上屋で蘭島の蜆汁を供され、ヲシヨロの項でも重ねて触れる。「此蝦夷地中に無き品一種有。我ら此処へ休らひしに蜆汁を出しぬ。如何にも珍しき覚え皆賞しける。是は前にも云ラコシマナイに捕るよし也」。シジミは海水と淡水の混じり合う汽水域にしか生息できないので、蘭島川の河口で採ったことになる。
zenibako_trek… - Ranoshuma-nai 辞典 Meiji era 蝦夷語地名解(永田方正)
Ranoshuma-nai ラノシュマ ナイ 下リ入ル処。古ヘ虻田「アイヌ」山ヲ越エテ此処ニ下リ入リテ住居シ其子孫南北ニ蕃息シタリト云フ
蘭島川の河川標識はこれを「蕃息」を「蕃恩」と誤植し二音目を落として繰り返す。「アイヌ語でラシュマナイ(下り入る処)古え虻田アイヌ、山を越えて此処に下りて住居し、其子孫南北に蕃恩したりと云う。」 松浦も山越えしてくる虻田アイヌが手宮や勝納などから下りてくる話を残している。
zenibako_trek… - ranko 辞典 1996
【名】[植物] カツラの木。
田村1996 s.v. ranko - ra 辞典 1996
【位名】下の方、低い所(rik リㇰ の対)。
田村1996 s.v. ra - raw 辞典 1996
【名】水などのもぐって行く中、深いところ、沈む底の方。
田村1996 s.v. raw - osma 辞典 1996
【他動】①(目的語は「場所」)(そこ)に入る、…に突っ込む、…に突進する、当たる、…に行って/入って/落ちてしまう。
田村1996 s.v. osma - osmak 辞典 1996
【位名】[概](所は osmake オㇱマケ) [os-mak …の後ろ、…の奥] …の後ろ、背後。
田村1996 s.v. osmak
関連地名
- 畚部岬 ふごっぺみさき — 畚部と蘭島の間の岬で、陸路はその上を越えた。上のフゴッペチャシには通行人に石を落とした兄妹の伝説があり、麓の岩磯は明治3年に東本願寺の一行が渡ったところである。 zenibako_trek…
- 蘭越 らんこし — 後志の蘭越町で ranko-usi「桂の群生地」。著者の読みが正しければ、蘭越と蘭島は似た意味の地名ということになる。 zenibako_trek…
- チブタシナイ沢 ちぶたしないさわ — 餅屋沢の隣の沢で chip-ta-us-nay「丸木舟をいつも切り出す川」。船取山はそこから名を取っている。 zenibako_trek…
- 土場沢 どばさわ — メノコ沢とも。最も長い支流で、現在のルールでは蘭島川の本流。「土場」は木を切り出して一時的に置いておいた場所を指す。 zenibako_trek…
- 餅屋沢 もちやさわ — 「ランシマ澤」「桂ノ澤」としても記録される沢。和名は安政年間にここに庵を結んだ「餅屋」と称する日蓮宗の篤信家に由来する。 zenibako_trek…