三樽別 さんたるべつ Santarubetsu
北海道石狩地方札幌市手稲区富丘
アイヌ語表記: San-taor-ke・San-taor-pet
文献の表記は ke で終わる系統と pet で終わる系統のほぼ二つに分かれ、提出された読みはそのどちらまでを説明できるかで違う。『入北記』の「サンタラシケと云ふ山」とその傍らの同名の川という記録が、名がまずどの地物のものだったかを示す唯一の記述である。
位置
43.1017, 141.2313 · 座標:OpenStreetMap Nominatim, 2026-09-10。三樽別川 の位置。 OpenStreetMap で開く
指示対象
- 川 手稲富丘のKDDIの鉄塔の近くで国道が渡る三樽別川。
- 集落 手稲富丘の旧字名。明治4年に「サンタロベツ通行屋」が設けられ和人集落の始まりとなった。昭和17年に富丘という瑞祥地名に変わり、三樽別川・富丘三樽別公園・三樽別河畔緑地に名が残る。
- 山 『入北記』が「サンタラシケと云ふ山」と呼ぶ丘。著者はこれを富丘丸山(141m)、あるいは富丘の丘全体と見る。
語源分析
sandarotkihi
サンダロッキヒ ‘鹿を下す処’ 定説- san ‘下る’
- ta ‘そこに’
- rototke ‘繰り返し’
- ihi ‘処’
提唱者: 永田方正 (Nagata Hōsei)
三樽別川の河川標識は名称を「サンタラッケ」または「サンダロッキヒ」とし、この意味を与える。永田の綴りは sandarotkihi「鹿を下す処」。san-ta-rototke-ihi という切り分けは著者が綴りから要素を取り出そうとしたもので、サンダロッキヒという単語はどこの辞書にも載っていない。著者はこの地名解を琴似又一エカシの説ではないかと見る。
反論
- rototke は動詞につく接尾語なので、このままでは文法的におかしい。鹿を表すアイヌ語はユク、アプカ、リャウ、モマンペなど色々あるが、どちらの綴りにもそれらしい要素がない。「サンダロッキヒ」は調査した文献のどこにも出てこない。 — zenibako_trek zenibako_trek…
この形を支える辞書の語がなく、文献の表記にも現れない。
san-tar-ke
サンタラケ ‘下る・縄・の所’ 定説提唱者: 北海道(三樽別川河川標識)
河川標識でサンダロッキヒと並び、「なわでシカを縛り荷降ろしするところ」の訳を与えられる「サンタラッケ」の綴り。切り分けは著者が綴りの持ちうる要素を見るために立てたもの。もう一方の訳と合わせれば、縄で下ろしている雰囲気は伝わってくる。
反論
- どちらの綴りにも訳文の「鹿」にあたるものがなく、かなり無理矢理感が隠しきれない。 — zenibako_trek zenibako_trek…
san・tar・ke はいずれも形態素バンクにあり要素としては成り立つが、河川標識の訳文はそこから導かれない。
san-ta-ratki
サンタラッキ ‘山崎・そこが・ぶら下がっている’ 提案- san ‘山崎’
- ta ‘そこが’
- ratki ‘ぶら下がっている’
提唱者: 榊原正文
榊原正文:「この地名は、この川の流域にある(あった)出崎<崖>が、オーヴァーハングしている状態を、ラッキ ratki という語彙で描写したものと推定される」とし、候補として「札樽バイパス」のすぐ上手にあるものを挙げる。著者はこれを三樽別川河畔緑地の対岸にある富丘丸山(141m)と見る。
反論
- ratki〈ぶら下がる〉はふんどしの前垂れがぶら下がっているような様子を表し、地形では so-ratki〈滝が落ちる〉など滝の描写に使われることが多い。択捉島最東端の「ラッキベツの滝」もそれである。三樽別川に滝があるという記録はない。 — zenibako_trek zenibako_trek…
ratki は辞書にある動詞で、オーバーハングする崖もこの地に実在するが、この語の通例の用法は落水の描写である。
san-tararke-pet
サンタラルケペツ ‘(山から浜へ)出る・でこぼこしている・川’ 提案提唱者: Bojan international
提唱者自身が疑問符を二つ付けている。著者は『萱野辞典』に「taratarak 凹凸・でこぼこ」があることを確認している。
反論
- 現在の三樽別川は見える範囲ではほとんどコンクリート護岸になっているので、でこぼこしているかどうかは判断がつかない。 — zenibako_trek zenibako_trek…
taratarak は辞書にある語だが、この読みは語中の音節の脱落を要し、指示対象も現地では確認できない。
san-taor-ke
サンタラケ ‘(山から)突き出た・(川岸の)丘’ 提案提唱者: zenibako_trek(小樽銭函地名歴史研究会) (zenibako_trek (Otaru Zenibako Place-Name and History Society))
taor は『知里小辞典』で「川岸の高所」、taor-ke も「=taor」と同じ意味とされる。発音は「タオロ」だが、樽前山が taor-oma-i で「タロマイ」、taor-oma-p が「タロマプ」となるように、オの音を落とす例が多い。語尾の r は後ろに母音がない場合、前の音に従ってタラ・タロ・タルと変化しうる。san は自動詞(一項動詞)で名詞を目的語に二つ取ることができないため、san が掛かっているのは taor の方で、san-taor は「(山から浜に向かって)下る・丘」、意訳して「(山から)突き出た丘」となる。描写の主体は丘であり、川はそれに付随する。著者は丘を富丘丸山、あるいは富丘の丘全体と見る。
異形
- san-taor-pet ‘突き出た丘の川’ — pet で終わる表記に対する読み。
根拠
- 文献
玉虫左太夫は「サンタラシケと云ふ山」とその傍らの川を挙げており、名はまず山のものであった。この読みは ke による「サンタラッケ」と pet による「サンタラベツ」という文献表記の二系統に同時に対応する。
- 同型地名
樽前山は taor-oma-i で「タロマイ」と呼ばれ、taor-oma-p は「タロマプ」となる。
- 地形
安政年間の札幌越新道は現在の国道よりずっと山側、札樽自動車道の近くを通っていたと思われる。そのあたりの三樽別川に架かる橋から山側を見ると富丘丸山(141m)が目立つ。明治4年の図では「三鱈別」の部分だけが湿地に突き出しており、松浦武四郎もここを通る時「少しの坂を上りて」と述べ、冬には本来の道を外れて丘を避けている。手稲稲穂方面から富丘方向を眺めると、山から突き出た丘に視界を遮られ、その背後に手稲山と山々が連なる。
文法に適い、『入北記』の同名の山の記録に合い、二系統の表記をともに説明する。要となる taor はどちらの辞書にもなく、根拠は『知里小辞典』と樽前の並行例にとどまる。
用例
- サンタラツケ/サンタラッケ 文献 Edo period to early Meiji 再篙石狩日誌; 東部作発呂之誌; 西蝦夷日誌; 東西蝦夷山川図; 石狩場所絵図; 陸地測量部20万
文献で最も多い表記。『東西新道誌』は「サンダラツケ」、『入北記』は「サンタラスケ」、『新川開墾図』は「サンタラシケ」で、著者はこれらをサンタラッケの軽微な表記ブレと見る。
zenibako_trek… - サンタラベツ/サンタラペツ/サンタルヘツ 文献 Edo period to early Meiji 入北記(川一覧); 蝦夷海岸山道絵図; 札幌郡西部図
pet で終わるもう一方の系統。『北海道巡視御用留』『開拓使事業報告』は「サンタロベツ」、『後藤蔵吉日記』は「シダラベツ」。著者はサンタル・サンタロが出てくるのは明治以降と述べる。
zenibako_trek… - サンタラシケ/サンタラスケ 文献 Edo period 入北記
トツフシルヲマナイ(※軽川)という川に至り、是を過ぎてサンタラシケと云ふ山あり。其処に川あり、是又サンタラスケ川と云ふ、此処にて小憩。
玉虫左太夫は「サンタラシケと云ふ山」とその傍らの川を挙げる。同じ日誌の中にサンタラシケ・サンタラスケ・サンタベツ・サンタラベツ・サンタラヘツの五つの表音ブレがある。
zenibako_trek… - 三鱈別 地図 c. 1871 明治四年新川開墾の図
開拓使による札樽街道が完成する前、明治4年頃に描かれた地図で、幕末安政年間の札幌越新道のルートである可能性が高い。図上では「三鱈別」の部分だけが湿地に対して突き出すかたちになっている。
zenibako_trek…
関連地名
- 富丘 とみおか — 昭和17年に三樽別に代わった瑞祥地名。三樽別川河畔緑地の対岸にある富丘丸山(141m)は札幌50峰にも含まれる。 zenibako_trek…
- 樽前山 たるまえさん — taor-oma-i で「タロマイ」と呼ばれた。オの音が落ちる taor 地名の例として挙げられる。 zenibako_trek…
- トツフシルヲマナイ(軽川) かるかわ — 玉虫左太夫がこの名の山と川に至る直前に渡った川。 zenibako_trek…