白老 しらおい Shiraoi
北海道胆振地方白老町
アイヌ語表記: Sirawoi・Sirawoy
2つの読みは末尾の o-i「〜が多くある所」を共有し、第一要素をアブと取るか峰と取るかで分かれる。同じ問いは平取の白鵜(シラウ)にも現れ、著者はそこでも峰の名と読む。
位置
42.5548, 141.3600 · 座標:OpenStreetMap Nominatim, 2026-09-10。白老 の位置。 OpenStreetMap で開く
指示対象
- 集落 白老町。昔からアイヌが多く、幕末にはロシアを警戒する仙台藩が東蝦夷地の警備拠点である陣屋を置いた
- 川 白老川。海岸で3つの川(ウヨロ川・ブウベツ川・白老川)が合流してひとつの河口になっている。旧図には3支流が別々に海に落ちるように描くものもあるが、今井測量原図では3つが1つに合している
語源分析
siraw-o-i
シラヲイ ‘虻のいる所’ 定説提唱者: 定説
定説。以前の河川標識には「虹・多き・処」とあったが、記事はこれを虹と虻の漢字がよく似ているための誤りとする。調査によると白老川流域でニッポンシロフアブが8月上旬に見られ、虫そのものはいる。
反論
- 日高町と平取町の間あたりに「シラウ川」が流れ落ちており、シラウだけで地名になる。虫の名前の「アブ」単体が地名になるとは考えにくい。 — zenibako_trek zenibako_trek…
siraw「アブ」は辞書にある語で、虫も流域に生息する。争点は虫の名がこの形の地名の主要部になるかどうかにある。
sir-aw-o-i
シラヲイ ‘峰の枝がたくさんある処’ 提案提唱者: zenibako_trek(小樽銭函地名歴史研究会) (zenibako_trek (Otaru Zenibako Place-Name and History Society))
aw は「枝」のことで、pet-aw なら「川の二股」といった意味になる。地形を表した地名と読む。白老川流域には海岸近くまで伸びた峰がいくつも突き出しており、海の先まで出ていないため地図ではわかりにくいが、傾斜量図にするとはっきり浮かび上がる。これらの峰は「シレトコ」「シントク」「エト」ないし「岬」と呼ばれたことが記録されており、萩野駅の旧名は知床駅であった。著者は平取のシラウも同じく峰を指すものと見る。
sir は地・山を表す辞書の語だが、aw を「枝」とするのは著者の用法で、沙流方言辞典の aw は角、家の中、イカ、隣を挙げる。読みの述べる地形自体は、それらの峰に記録された名から裏付けられる。
Shira-o-i
‘潮が(陸に)出てくる所’ 提案- Shira ‘潮’
- o ‘出る’
- i ‘所’
提唱者: John Batchelor
この地では時に非常な高潮があるので、この名は土地をよく言い表している。
1905年刊行のバチェラーの辞典に印刷された読みと語義。分節はバチェラー自身のもので、その要素のいくつかは辞書の見出し語に対応しない。
関連地名
- 虎杖浜・倶多楽湖 こじょうはま・くったらこ — kuttar-us-i「虎杖のある所」。kuttar は虎杖(イタドリ)で、虎杖浜はそれを和訳したもの。山の方のカルデラ湖も同じ名を負う。イタドリはアイヌにとってあまり役に立たない植物で、価値のないものとされることが多かった。クッタルシという地名は道内のあちこちにあり、小樽の入船も昔はクッタルシといった。 zenibako_trek…
- アフンルパロ — ahun-ru-paro「あの世の入口」。アヨロ岬の傍らにある地獄穴。同じ名の洞窟は道内のあちこちにある。oman-ru-paro も同じで、ahun も oman も「入って行く」の意味である。奥行きは浅く、すぐに行き止まりになるが、死者だけはこの奥へと進めるという。余市のオマンルパロにも、いなくなった妻を探しに行った男がその中へと入っていったという伝承がある。 zenibako_trek…
- ヨコスト — yoko-us-to「獲物を狙う沼」。白老市街地の東側にヨコスト湿原が広がる。yoko には獲物を待ち構えて待ち伏せするという意味合いがある。 zenibako_trek…
- ポロトコタン — poro-to「大きな沼」の kotan。2つの沼があり、大きい方を poro-to、小さい方を pon-to という。明治期の地図は現在のポロトを「ポントー」と呼んでおり、もともとはポントだったのかもしれない。コタンは近代になってから復元されたもので、昔からここにあったわけではない。仙台藩の地図では沼の水が白老川のほうに合流している。 zenibako_trek…