北海道後志地方共和町・泊村
尻深
しりぶか Shiribuka後代の松前藩の史料にもシリブカの名はあまり出てこない。尻深のアイヌは寛文9年の蜂起に大酋長カンネクルマのもとで加わり、ここで和人30人が殺されている。カンネクルマはツグナイを出しただけで処刑されなかった。
アイヌ語表記: Sir-pukka・Sir-un-ka
語源分析
sir-pukka
シㇼプカ
丘が盛り上がる
- sir 地
- pukka 盛り上がる
提唱者: zenibako_trek(小樽銭函地名歴史研究会) (zenibako_trek (Otaru Zenibako Place-Name and History Society))
堀株川下流の蛇行部分で、発足砂丘が盛り上がっているところを指す地名だろうとする。堀株と同じく河口付近の地形をあらわす地名である。
sir-un-ka
シルンカ
崖のある岸?
提唱者: 既存の地名解 (readings in circulation)
伊能図の「シルンカ」に基づく読み。著者は訳を「?」つきで伝え、提唱者の名は挙げない。
反論
- この読みが依る形は一つの地図の転記ミスである。ka は位置名詞なので un の後ろに置くことも出来ない。 — zenibako_trek zenibako_trek2023
用例
- シリフカヱソ 地図 1644 正保国絵図
- シリブカ 地図 1668 ゑぞの絵図
皇圀道度図・松前蝦夷地之図も同じ。
- シルンカ 地図 Edo period 伊能図
著者はこれを転記ミスと見る。原図である間宮河川図を含め、他の文献ではほぼ一貫してシリブカである。
関連地名
- 堀株 ほりかっぷ — 川と地域について尻深に取って代わった名。 zenibako_trek2023
出典
- 岩内の由来と歴史 ~硫黄の川はどこにあるのか~
zenibako_trek·2023-11-24