北海道十勝地方
十勝
とかち Tokachi意味も、地名の元となった場所もはっきりしない北海道の大地名の一つ。江戸期の史料はほぼ例外なく「トカチ」と書く。1808年に酋長クシヨパツクから記録された伝承は乳の形に似た丘を語り、定説も著者の読みもこれを受けている。前者は乳房を表す語を通して、後者は並んだ2つの峰を通して。
アイヌ語表記: Tokaci・Tokapci
語源分析
tokap-ci
トカㇷ゚チ
乳が枯れる
- tokap 乳房
- ci 枯れる
提唱者: 従来の地名解
十勝は「トカプチ」で意味は「乳房」であるとされ、十勝川が下流部で二つに分かれているからと言われることもある。後ろの chi を「焼ける・枯れる」と取って tokap-ci「乳が枯れる」とし、コロポックルが「この乳涸れよ、腐敗せよ。水は涸れよ、腐敗せよ」という呪いの言葉を残したからだとする。
反論
- 後ろの chi が不明のままで、説明はいかにも説話的である。江戸期の記録に「トカプチ」は非常に少なく「トカチ」がほぼすべてである。著者は、トカチという地名がトカップに似ていたために誰かが言い出した地名解だと見る。 — zenibako_trek zenibako_trek2024
tu-katchi
トゥカッチ
2つの尖峰
- tu 2つの
- *katchi 尖峰・山の上の岩塔
提唱者: zenibako_trek(小樽銭函地名歴史研究会) (zenibako_trek (Otaru Zenibako Place-Name and History Society))
2つの尖峰は三国峠近くの十勝三股から並んで見える西クマネシリ岳とビリベツ岳。石狩川・十勝川・常呂川の水源が近接する地である。並んだ姿から地元では「おっぱい山」とも称されており、地形は乳の形をした丘の伝説と合い、読みだけが異なる。著者は katchi を近世のアイヌ語では失われた古アイヌ語と見て、似た音の tokap に置き換えられたのかもしれないとする。十勝が本当にカッチ地名なのかははっきりとした確証が持てないとし、古くて大きな地名ほど意味はわからなくなっていると述べる。
根拠
- 同型地名
遠別川上流ではこの要素がアイヌ語の中に組み込まれている。ペンケカッチヌプリ、パンケカッチヌプリ、katchi-pa-oma-nay「カッチの上手にある沢」、katchi-utur-oma-p「カッチの間にある所」、katchi-nupri-rer-oma-p「カッチの向こうにある所」。カッチウトロマップは、カッチが2つの山そのものであることを示す。西興部の拳骨山はカッチヌプリと呼ばれ、山頂のすぐ隣に拳骨を掲げたような岩塔がある。鹿追のピシカチナイ山は山頂の南に目立つ尖峰を持つ。仁木の然別には目立つ岩塔の傍らに「カッチ」「カッチナイ」の地名が残る。
- 地形
2つの峰は北海道大分水嶺とも言われる三国峠のそばにあり、石狩方面や網走北見方面から山越えしてくる者が通る道筋にあたる。音更の古老の話として、北見と十勝の交易路にビリベツを通ったルートがあったという。明治7年、ベンジャミン・スミス・ライマンはアイヌの案内人の「古来、愛別から十勝のほうに山越した者はない」という言葉を聞き入れずに層雲峡から山を越え、音更川の上流に出て糠平のあたりでやっと現在地を把握した。
- 考古
2つの尖峰が見える十勝三股は、旧石器時代から「十勝石」と呼ばれる黒曜石の産地であった。その石器は道内各地で見つかっており、松浦武四郎も道中で拾っている。著者はこの2つの尖峰を黒曜石の採集の目標とした可能性を挙げる。
Tuk-a-chi-moshiri
上へ伸びる国、または突き出た国
- Tuk 伸びる・突き出る
- a ある(単数)
- chi a の複数形
- moshiri 国
提唱者: John Batchelor
この地方に山が多いためであろう。tuk は「伸びる」「上へ延びる」「突き出る」、achi は a「ある」の複数形。
用例
- トカチ 地図 Edo period
江戸時代の旧記はほぼ全て「トカチ」。「トカプチ」と書くものは非常に少なく、地図としては間宮林蔵のものとそれを参照したものしかない。
- 乳の形に似たる丘 文献 1808 東蝦夷地名考(秦憶麻呂)
其地に乳の形に似たる丘ある故に地名になれりと酋長のクシヨパツク語りき。
十勝の由来を初めて記したもので、酋長クシヨパツクから聞き取っている。乳の形をした丘の伝説は現地のアイヌにも伝えられていた。
関連地名
- 勝納 かつない — 小樽の勝納。katchi-un-nay「カッチ(岩塔)のある沢」と読む。記事がカッチにたどりつく出発点となった地名。 zenibako_trek2024
- キリカツ沢 — むかわ町春日地区の地名。旧記に「キリカツ」「キリカツチ」とあり、かつて鵡川のコタンがあった。永田方正は kir-katchi を「鮭の産卵場」の意とする。松浦武四郎は、山の乙名が鹿の骨と思って大きな骨の中の肉を食べたところ土人の骨であったという話を記録している。周囲に目立った岩もなく、著者は瀬棚の切梶(海岸沿いの岬に少し目立つ岩がある)もこちらに属する可能性を挙げる。切梶をカッチ地名とする確証は無いとも述べている。 zenibako_trek2024
出典
- 十勝と勝納の由来を考える
zenibako_trek·2024-07-29
- An Ainu-English-Japanese Dictionary (including A Grammar of the Ainu Language)
Batchelor, John·1905