アイヌ語形態素エクスプローラ
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千島列島北部(北千島)

宇志知島

うししるとう Ushishir

見出し形 Ushioshir は説明されない。

アイヌ語表記: Ushioshir・Kamui karu moshiri

語源分析

Kamui karu moshiri

カムイカルモシリ

提案

神の作り給ひし島

提唱者: 鳥居龍藏 (Torii Ryūzō)

別名に対する鳥居の語釈。雷神の伝承が動機づけ。

鳥居1903 p. 44鳥居1903 第六章 千島地名普通單語集 (pp. 156–172), Kamui鳥居1903 第六章 千島地名普通單語集 (pp. 156–172), Moshiri
分析の詳細
確信度: 中

三語からなる透明な句で、kamuy と moshiri は鳥居自身の単語集にある。この名を記す他の文献はこのデータベースにはない。

Ushishir

ウシシㇼ

提案

入江のある島

提唱者: Картографическая комиссия РГО, 1947 (RGO cartographic commission, 1947)

1947年の復活の根拠となった読みで、1985年の便覧も繰り返す。ブラスラヴェツ1983は usi「水の流れ」+sir と読む。

Бражник2024 p. 352, quoting the commission's 1947 project
分析の詳細
確信度: 低

us は北海道語で入江を意味する語ではなく、島の海に開いたカルデラがこの語釈を魅力的に見せるだけで実証はない。

用例

  • Ushioshir 口承 1903 鳥居龍藏『千島アイヌ』第二章「千島地名解」
    太古にはこの島無かりしが、雷神 Kannan kamui この島を作り、天よりこれを降せりと云ふ、而してこの島を又 Kamui karu moshiri「神の作り給ひし島」と云ふ

    雷神 Kannan kamui がこの島を作って天から降したという伝承と、別名 Kamui karu moshiri「神の作り給ひし島」を記す。

  • Ушимир (1755) / Ушитир (1949) 文献 1755 Крашенинников, Описание земли Камчатки, ч. I, гл. 9 «О Курильских островах»
    …из которых Ушитир немного в стороне лежит к востоку…

    ミュラーの一覧による。1755年版は Ушимир と印刷され、1949年版が写本により Ушитир に正す(注363)。

    Krasheninnikov1755 1949 ed., p. 169
  • Ushishir 文献 1897 Snow, Notes on the Kuril Islands
    Ushishir, on the north-east side of Ketoi Strait, is composed of two islands, each about a mile and a half in length…
    Snow1897 p. 67
  • Ушишир 文献 1947 Проект Картографической комиссии РГО им. Ю. М. Шокальского «Названия географических объектов Курильских островов», 1947
    «Старое айнское название (остров с бухтой)».

    委員会はこの語釈とともに名を復活させた。同書は us「入江」を英語とした1985年便覧を正す。

  • Ушишир 文献 1725–1737 Козыревский 1725–1730; Миллер 1737 (as listed in Бражник–Пономарёв 2024)

    ロシア側記録では Ушишир пятой на десять(コズィレフスキー1725)、Ушиширь(1726)から Ушишир пятнадцатый(ミラー1737)まで名は安定する。クラシェニンニコフ1755年版の Ушимир は同書も1949年の編者と同じく誤植と見る。

出典