ヤリキレナイ川 やりきれないがわ Yarikirenai
北海道空知地方由仁町
アイヌ語表記: I-arkire-nay・Iyarukinai
現在の表記は日本語の「やりきれない」と一致し、雨が降るたびに川が氾濫して住民がやりきれなくなったという逸話も語られる。記録された形は松浦山川図の「イヤルキナイ」、明治の実測切図の「ヤリケナイ」、間宮河川図の「イルベツ」である。
位置
43.0115, 141.7785 · 座標:OpenStreetMap Nominatim, 2026-09-10。ヤリキレナイ川 の位置。 OpenStreetMap で開く
指示対象
- 川 由仁町市街地を流れる小さな川。昔は現在の北栄地区で由仁川と合流し夕張川に注いでいた。
語源分析
yanke-nay
ヤンケナイ ‘魚の住まない川’ 定説提唱者: 由仁町
由仁町の説明:「「ヤンケナイ川」は、明治時代までは古山地区を源流としており、その付近に塩冷泉があり、これが「ヤンケナイ川」に流れていたため魚が住めなかったと言われている。」同じページは、明治・大正時代にはサケやマスの遡上があったとされること、現在もウグイ・川エビなど水生生物が豊富でサケの稚魚放流も行われていたことを併記する。
反論
- yanke-nay は〈~を揚げる川〉であるが、yanke は二項動詞なので名詞が足りていない。yan-nay〈陸揚げの川〉であれば一項動詞なので文法的に問題なく、yake-ri-nay〈岸辺が高い川〉あたりなら意味も通じる。しかしヤンナイにしろヤケリナイにしろ、そのような川名は旧記類では見つからないし、それがどうして「魚の住まない」になるのかがわからない。 — zenibako_trek zenibako_trek…
yanke も nay も辞書にある語だが、この読みでは項が一つ空いたままで、公表されている訳文も要素からは導かれない。
i-arke-nay
イアㇽケナイ ‘片割れの川’ 定説提唱者: 由仁町
由仁町の説明はこの名を「イ(それの)・アルケ(片割れの部分)・ナイ(川)の意で、近くに流れる由仁川と双生児の片割れという意味である」とし、「昔のヤリキレナイ川は、現在の北栄地区で由仁川と合流し夕張川に注いでいたので、アイヌの人々は双子の川と考えていたようである」と述べる。i-arke にわたり音の y が入ると iyarke になり、松浦山川図の「イヤルキナイ」に近い。
反論
- 欲を言えば i-arke-ne-nay〈その片側である川〉だとか nay-arke〈川の片側〉のほうが文法的に自然な気がするが、i-arke-nay が絶対にないとは断言できない。ただし「イヤル・キナイ」とそこに中黒を入れるのは間違いである。 — zenibako_trek zenibako_trek…
- arke は後置の位置名詞である。つまり nay-arke〈川の片側〉なら文法的に自然だが、この順番をひっくり返すためには所属系 arkehe〈その片側〉を使わなくてはならない。 — zenibako_trek zenibako_trek…
arke は形態素バンクにあり、音も最古の表記に近い。語順の問題は残り、著者もこの読みを否定しきれないものとして残している。
i-arkire-nay
イヤㇽキレナイ ‘熊達がやって来る川’ 提案提唱者: zenibako_trek(小樽銭函地名歴史研究会) (zenibako_trek (Otaru Zenibako Place-Name and History Society))
arki は〈来る〉の複数形で、複数のものがやって来ることをあらわす動詞。これに re をつけると使役形の2項動詞 arkire〈~を来させる〉になり、名詞が2つ必要なので頭に i〈それら〉がつく。i-arkire-nay は「イヤルキレナイ」ないし「イヤリキレナイ」となり、「イヤ」が詰まれば「ヤ」と聞こえて「ヤリキレナイ」になる。アイヌ語地名では、畏れ多いもの、口に出すことが憚られるものを、あえて i〈それら〉で表すことがある。”それら”とは人間か、熊か、蛇か、あるいは洪水か。わかっているのは複数でやって来るということだけである。
根拠
- 形態パターン
沙流方言辞典は arki について「《(二人以上が)来る》は、(カタカナ表記ではアㇻキだが)ときにはアルキに近く、ときにはアリキに近く聞こえる音である。アラキに近く発音されることは普通はない。節をつけて歌うなどのために長くのばすときに、アーラーキーのようになるだけである。カタカナ表記の小さいㇻ、ㇼ、ㇽ、ㇾ、ㇿの文字は、発音を表しているわけではないから、十分に注意する必要がある」と注記する。記録された表記はこの幅の中に収まる。
- arki ‘来る(複数)’
- 同型地名
標茶町の塘路湖の先にある阿歴内にはアレキナイ川が流れる。arki-nay〈来る川〉と読めば、使役をつけない同じ動詞になる。
- 文献
間宮河川図ではここが「イルベツ」となっている。小樽の色内は i-ru-un-nay〈”それ”の跡がある沢〉で、”それ”は熊の足跡とされる。そこからすると”それら”の第一に挙げられるのは熊たちであり、しかも直接来てしまい、それが複数形である。
- 形態パターン
イヨマンテ i-omante〈”それ”を送る〉の”それ”は熊を指す。arkire〈やって来させる〉はちょうど omante〈送る〉の対義語(複数形)にあたり、熊送りの反対に、川が熊たちを連れてくる。
- omante ‘送る’
- 地形
由仁町のマオイ丘陵では、今もしばしば熊の痕跡や目撃情報があるという。
arki・arkire・i-・nay はいずれも形態素バンクにあり、切り分けも文法に適い、松浦山川図の「イヤルキナイ」と現行の形の双方を説明する。複数の指示対象を熊と見る部分は「イルベツ」の表記と色内の並行例に基づく推論として提示されている。
用例
- イヤルキナイ 地図 Edo period 松浦山川図
松浦武四郎の図。著者はこれをこの川名の最初の記録とし、地名解の重大なヒントとする。
zenibako_trek… - ヤリケナイ 地図 Meiji period 実測切図zenibako_trek…
- イルベツ 地図 Edo period 間宮河川図
間宮河川図はこの川に別の名を与える。著者はその i-ru を小樽の色内 i-ru-un-nay〈”それ”の跡がある沢〉と結びつけ、”それ”を熊の足跡とする解を引く。
zenibako_trek… - ヤンケ・ナイ/イヤル・キナイ 文献 present ヤリキレナイ川 河川標識
アイヌ語河川名:ヤンケ・ナイ又はイヤル・キナイ/意味:魚の住まない川又は片割れの川
河川標識は二つの定説を併記する。
zenibako_trek…
関連地名
- 由仁川 ゆにがわ — 由仁町の「片割れの川」説が対にする川。両者は現在の北栄地区で合流し夕張川に注いでいた。 zenibako_trek…
- 色内(小樽市) いろない — i-ru-un-nay〈”それ”の跡がある沢〉。”それ”は熊の足跡とされる。 zenibako_trek…